平日の夕食を🍛に固定する

インドカレーは一汁一菜です。

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カレーも味噌汁みたいなものなので、具材を冷凍しておいて、その日の気分で香辛料と味噌を使い分けるのが良いかもしれない。

non117.hatenablog.com

ホットクック一汁一菜仮説 - non117's diary

カレー味噌汁説、飛躍してるなと自戒してましたが、土井善晴先生にとっての一汁一菜が私にとってのカレーであったという理屈で昇華されました。

2018/03/28 20:34

b.hatena.ne.jp

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一汁一菜文脈での味噌汁とインドカレーの特徴

  • 味噌も香辛料も長期保存しやすい
  • 季節の食物だいたい何を入れても成立する
  • 味が複雑でおいしい
  • ふつうの人たちが長いこと食べ続けてきた
  • 完全栄養食が成立しやすい

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ところで、「一汁一菜を採用する最大のメリット」はなんでしょうか?

答えは「夕食の献立意思決定コストがなくなる」ことです。自炊をし続けることの困難さは調理工程だけでなく、「何を食べるか決めること」にもあります。土井善晴の提案する一汁一菜が解決しているのがこの点です。

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味噌汁もインドカレーもとりあえず旬の野菜と肉を入れておけばよくて、スーパーでの食材を選ぶ意思決定コストもそれなりに安くなります。調理工程の複雑さは味噌汁のほうが有利なので、「🍛を想定して食材🍖🍆を買って帰ってきたものの気力が湧かない😵」ときは味噌汁に方針転換するとよさそうです。*1

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相応の意思決定コストを伴う料理はよほどMPの余っている土日などにやればよいのです。土日に作業が立て込んでいて意思決定できないときは平日と同じものを食べればよいのです。

家事を定型化するのは想像以上の利点がありました。同じことを繰り返して人間が慣れることで、昨日より今日のほうが楽に家事をこなせるようになるのです。*2

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ちなみに

にならってお米を炊いたらほんとうにほんとうに😭美味しくなったので😭😭😭各位必ずやってください。

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*1:洗い物は食洗機があるとよいが結構邪魔な問題もある

*2:以前書いた平日に家事をやるやつも、曜日を決めてやるようにしたら楽でした

 

反哲学史 (講談社学術文庫)

反哲学史 (講談社学術文庫)

 

がいま読んでいる本。

「わたしたち人間の意識と世界そのものをどう説明するか」という問題が各年代の偉人の手によって少しずつサブ問題へと分解されていく過程(西洋哲学流)を知ることができる。

昔の人の認識は混沌としていたのだなぁと思いつつ、しかし、現代に生きるわたしたちの発達過程でも同じような認知的成長を経ているような気がした。

読書感想文:「ウェブ社会の思想」

 

ウェブ社会の思想 〈遍在する私〉をどう生きるか (NHKブックス)

ウェブ社会の思想 〈遍在する私〉をどう生きるか (NHKブックス)

 

よかった。先程風呂で読み終えた。

 

閉じたセカイを関係性によって開いていくのが本書で提示された処方箋だが、関係性と一口に言っても様々なものがある。意地悪な見方をすると「よい関係性」を選ぶことが<宿命>の内側に深く囚われた人に可能なのか、ものすごく時間がかかるのではないかという疑問が出てくる。

たとえ島宇宙的なセカイを脱する途上にある人が多くとも、総体として脱しきれていないものが多数派ならば問題は起こるような気がする。

じっさい、本書の終盤で登場した「大きな物語」の欠如によって起こるとされる社会的な危機は、昨年あたりから実際に萌芽を出しているものにもみえる。

 

また、「よい関係性を作るための制度を備えたシステム」によって関係性すらGoogleのような数学的民主主義の対象にならないのか。昨今のSNSはそれを志向している可能性はないのか。

関係性すら対象とする制度設計によってひとびとの成長が促されるなら、それはそれでよいことなのだろうか。ここに<宿命>の閉じた構造、あるいは別の問題があるかどうかはよく検討すると面白いかもしれない。

 

風呂読書

風呂で本を読むと捗る。

  • 無音
  • 電子機器を持ち込みにくい
  • インターネットも持ち込みにくい
  • 本と自分しかない環境
  • 全身が温かい
  • 血流がよくなる
  • つまり頭がよくなる

という条件によって、冴えた頭で没入して読書を行える。疲れていてもしばらくすると頭がよくなってくる。

ひとたび湯船の外に出ると、脆弱な精神によって何らかのインターネット端末を触ってしまうので、唯一の読書環境にして最高の読書環境になっている。

もともとは、最高の睡眠を得るためにしっかりと湯船に浸かるようになったのだが、思わぬ副作用も得ることができて読書生活も最高になった。

スタンフォード式 最高の睡眠

スタンフォード式 最高の睡眠

 

じつは風呂での読書を始めるまでは、本が濡れることを恐れていたのだけど、意外なことに全然濡れないし蒸気で本がフニャることもない。寝落ちしたら話は別だろうけど、寝落ち風呂は体調も壊れるのでもっと困ったことになる。

ただし一つだけ問題がある。10分も読書をしていると発汗がすごくて読書どころではなくなってしまうのだ。已む無くタオルを持ち込んで汗を吹きながら読書をすることもある。面倒である。ただ、興が乗らなかったら読書を10分で打ち切ってしまうこともあるので、身体がじゅうぶんに温まったサインとしても使える。

こんなふうにインターネットを使えない環境に拘束されるといいことがたくさんあるように思える。

忘れられた日本人 (岩波文庫)

忘れられた日本人 (岩波文庫)

 

によると、戦前の百姓たちは時計もラジオも持っていなくて、時計を意識しない生活をしていたそうだ。

われわれも時計やスマートフォン、PCから開放されて生活できたらよさそうだが、その試みが続いたことがない。それほどまでにインターネットを通して社会と繋がることはわれわれの生活と密結合をしており、悲しいことだなぁと思う。 

gyazo.com

忘れられた日本人 (岩波文庫)

忘れられた日本人 (岩波文庫)

 

 を読んで考えたこと。

ひとつの道具で100点を目指さない

我々*1が業務で解いていく現実の問題はたいてい複雑である。複雑さとは、複数の問題が暗黙的に組み合わさったものが多い。あるいは、適切な制約が見えていないものもある。

ところで、ソフトウェア上の道具では、あらゆる問題を解くためのものよりも、「ひとつのことをうまくやる」方向性を維持できているものが長生きしている。

それゆえ、複雑な問題を解くのにひとつのソフトウェアだけで解決できることは少ない。孤独な実装作業を行い視野が狭くなっていると、たいてい無理をして「ひとつの道具ですべての問題を解く」方向に走ってしまう。しかし、そういった道具の使い方は歪であって、後から振り返るとやりなおしたくなることが多い。

「ひとつのことをうまくやる」とは、「それ以外のこと」を捨てた結果実現できるものなのである。

なので、問題がスパゲティ状に絡まった現実の問題を解くためには、「ソフトウェアの責務」を超えたことを無理やりやらせてはならない。ひとつのソフトウェアで解決するのは、問題の8割くらいまでで、残り2つくらいで95点くらいまで持っていけばよいと思う。

100点をいきなり目指すのも問題があって、95点を取るのと100点を取るのとではコストが数倍は変わってくる。また、今日の100点があくる朝には仕様が変わって別の採点方式になってることもよくある。

 

「この問題はこの道具で解くのがよいか?」という疑問は重要で、しかし、今その人が知っている道具が適切でないとわかっていても、何を使えばよいかはわからないことがある。そんなときは、人に相談してみるのがいちばんである。たいていの場合、問題を注視しすぎた自分よりも他人のほうが視野が広く、自分とは違う経験をしているものである。コードレビューと同様に、問題を解く方法を考える段階でも、他人の視点を借りていきたいものだ。

*1:ソフトウェアエンジニア