会話で情報が増えるとうれしい

 オープンクエスチョンで言われるような、よい質問は、(会話の場の?参与者たちの?)情報*1を増やしてゆく性質をもつ。会話は情報をやりとりするものであり、情報が増えると目的*2が達成される。会話、とくに雑談をするときにはいかに情報を増やすか考えながら発話すると良いのかもしれない。その一つの手段が自己開示や開かれた質問でもある。はい/いいえで答えられる質問はむしろ情報量が減っている。曖昧な状態から一つの状態に収束しているから。たしかに知識は増えているが、自己開示を促す質問よりは、情報量の増える会話ではない。

 発話が多ければそれでよいのだろうか? 当然そんなことはない。長広舌は嫌われるし私も嫌いだ。やりがちだが。なぜ駄目なのか。長い発話を理解するのは認知的にたいへんだからだ。理解できなくなった時点で、それ以降の発話は聞き流される。つまり、伝わらない発話は相手の情報を増やさないために、会話の目的が損なわれる。なにより効率が悪い。もちろん、知識や体験の基盤が共通で、慣れ親しんだ間柄ならば長広舌を用いてもよいのかもしれない。

*1:ここでの情報には、言葉で示された意図や事実の伝達だけではなく、非言語情報もある。身振りや表情、手足の態度はわれわれの想像以上に情報を送出している。

*2:もちろん、会話の目的は情報のやりとりだけではない。相手を認めることで、親密さを増やすことも重要である。